◆◇◆ストーンヘンジ 60年目の対面◆◇◆

岩国 おはん 市営バス
2019年12月
寄稿 佐々木 行


1.2019年5月

あたりに樹木が一本もない広い野原に「巨石群」があった。  直径およそ100メートルの円形の区画、その中央部にもう一つの差し渡し30メートルほどの丸い区切り、そこに横幅と厚さ各1メートルくらい、長さ(高さ)7~8メートルの大きな灰色の石柱が約20基、 それが3~4基ずつで一つの群(塊)になっていた。 それぞれの群れごとに、或いは直立し、或るものは地面に横倒しに、また別のは、垂直な二基の立石のてっぺんに、三基めがこの二基をつなぐ梁状に横たわり、(トリリトン=三石塔)と、さまざまな姿、形を成している珍しい光景であった。  説明版に曰く ー 「ストーンヘンジはこの風景の中の最初のモニュメントではなかった。 この地域は新石器時代の人々にとって石造り(の工事?)が始まる数百年前から大事な意味を持つところであった。 ----」 - しかし、その説明文を何度読み返してみても、誰が、何時、何のために造ったのか、ということは読み取れなかった。  只文中に「祭礼、礼拝」と言う意味の語句があることから、古代人が特殊な目的、用途のために造ったものであるらしい。 

事前に調べたところでは、今から3,800年前、新石器時代から青銅器時代にかけて初めて造られ、その後数度にわたって復元されたようだ。  また、全体の形状や個々に位置関係からみて、古代人の太陽崇拝の儀式に関わりがあったのではないか、とされている。 

所在地はイングランド南部ウイルシャー州、トーマス・ハーディ(後述)の生地であるドーチェスタの北東方約100キロメートルでソールズベリーとエイムズベリーとの中間、簡単に述べると、ロンドン南西端ヒースロー空港辺りから南西に80から90キロメートル、車で一時間ちょっとのところである。

私は前夜泊まったコベントリーからバスで3時間半(130~150キロメートル?)運ばれてきて、集落外れの案内所で連絡用のミニバスで5分、それでようやく、「ストーンヘンジ」と対面した次第である。  まさに巨石群だ。 ここだったのか ! これがそうだったのか ! 遠路来た甲斐があった !。  それ以外の言葉では表せぬ不思議な思いに捕らわれた瞬間だった。  家内と参加したイギリス旅行、グラスゴー、エジンバラから湖水地方を廻り、ロンドンまで南下する旅程の第6日目の午後だった。  「テス」を初めて読んでから60年、本当に長い年月が経っていた。

2.1958~59年

当時私は、昼は某関西系銀行の東京都内の支店で働き、夜は駿河台にある大学に通っていた。  その夜学の一年次か二年次の時、英文購読のテキストとして課せられたのが、トーマス・ハーディの小説「テス(オブ ザ ダーバヴィル)」であった。 英文ー多分ダイジェスト版ーの語句と文章を追いかけ、訳文を組み立てることに汲々としていたから、作品の背景、作者の意図など内容の考察には到るべくもなかった。

結果として頭に残ったのは、1.イギリス南西部の貧しい農村の暮らし、 2. テスと言う娘の悲しい運命、 3. 物語の締めくくりの場所がストーンヘンジと言った断片的な事柄であった。  その時から約40年、「テス」も「ストーンヘンジ」も思い出すことなく時間は過ぎてきた。

3. 1997年10月

それを読むことのきっかけは何だったのだろうか、思い出せない。  或いはNHKのラジオの英文講座を聴いたことかもしれない。  何かの啓示に打たれたかのように「テス -清純な女性」を読みだした。 井上宗治、石田英二訳、岩波文庫1991年5月刊、上下2冊、全7編計690頁の長編小説だった。  人物描写と自然描写が精緻、筋書きの構築がしっかりしていて、長編であるにもかかわらず、難渋することなく一気に読み通した。

訳文は「5月も末のある夕方、一人の中年男が ---マーロット村へと、家路をたどっていた。」に始まり、「正当な処置がとられたのであった。そしてーーー神々の司はテスに対する戯れを終わったのだ。 ---」で終わる(「テスに対する戯れ」とはテスの処刑のこと)。

40年前、授業で英文ダイジェスト版を機械的に読んだ時とは異なり、今度は要所要所の見当が付き、なるほどこうゆう話だったのか、と納得できた。  やがて物語の終末直前になって「ストーンヘンジ」が現れた。  「--突然目の前に何か大きな建物が草の中からそびえたっているのに気が付いた。 ---それは継ぎ目も無ければ繰形もない、どっしりとした石で出来ているようだった。 ---風の神の殿堂だ ---ストーンヘンジだ ---」文章と照らし合わせて、文庫本のカバーに示された写真(絵)を何度も見る。  一部分の形はわかる。  しかし全体の広がり、大きさは想像がつかない。 是非一度「ストーンヘンジ」と言うものをこの目で見たい。 その思い、願望が大きく湧いた。  それから機会を待つこと20年、その間他事に紛れて失念することはあったが、断念はしなかった。  ただし、実現するかどうかの見通しは立たなかった。

4.  2018年12月

夫婦ともに80歳を越え、そろそろ海外旅行も手じまいの時期、終わりにする前にどこか行くところが有るかなと思いながら、あちこちの旅行会社のパンフレットを見ていた。 と、何社かのイギリス旅行の部に「ストーンヘンジ」を組み込んだコースがあることに気付いた。  往復10日間、出発は5か月先=19年5月=の大型連休明け、催行確定とある。  これなら行けるのではないかと家内のスケジュールも確認、双方その期間の予定のやりくりがつくので、その中の一つのツアーに申し込んだ。

これまで公私合わせて何回か英国には行っているが、今回の「東京ーロンドンーグラスゴー」と飛ぶルートは初めて、それにスコットランド南部~湖水地方~ストーンヘンジも初訪問。  またツアー行程表によると、毎日の出発、帰着の時刻がゆっくりと組まれており、朝夕バタバタすることはなさそう。  駆け足の名所めぐりとは一味異なった、内容のある旅行になりそうな期待がもてた。  そして、実際その通りになった。  それが第一章に述べた状況である。  (終)