日本で暮らしていた頃、京都の太鼓のグループの中で篠笛を始めた。手っ取り早いアルバイトだったからだ。2週間後位に学校公演の本番があり、必死でさらって暗譜した。それから私が渡米するまでそのグループとはあちこち一緒に回った。しかし私の日本での篠笛体験は全くそれだけである。誰にも習ったこともないし古典を学ぼうという気など更々なかった。
こちらに来てから「何故日本の楽器を演奏しないのか?」とよくアメリカ人に言われた。そんなものかなと思って篠笛や尺八をボチボチと練習するようになった。そのうち面白くなり少し真面目に勉強しようと言う気になり、思いもかけず教えることにもなった。
一年ほど前から「シカゴ篠笛アンサンブル・#39080;韻・#12301;というグループを組み、アンサンブルにも取り組んでいる。音程の不安定な篠笛で3重奏・4重奏などの演奏をするのはなかなか難しいが、新しい発見もたくさんあり、やり甲斐がある。
しかしこのグループをやっていて本当に良かったなあと思うのは、アンサンブルをやっている時だけではなく、斉奏(みんなで同じメロディーを吹く)の時にも感じる。「故郷」や「七つの子」「母さんの歌」などをみんなで一緒に吹く。ただただ一緒に同じメロディーを繰り返し吹く。懐かしいメロディーを味わい深く、しかもゆったりとしたテンポで吹くことが出来る仲間に驚かされる。みんなが成熟した大人であるばかりでなく、日本に対する共通した思いがあるからだろうと思う。最近演奏する側からも聞く側からも評判が良かったのは「ゴンドラの歌」。・#21629;短し 恋せよ乙女・#12392;映画「生きる」の中で歌われたあの名曲である。メロディーの美しさ、詩の持つ響き、日本への望郷の念、色々な思いが頭を交錯し、みんなで吹く度に泣きそうな気持ちになる。
1人、2人と増えていったメンバーも10人ほどになり、今やあちこちに呼ばれて出前演奏もこなしている。グループで本格的に吹くようになってからみんなの実力は飛躍的に向上した。人の演奏を聞き自分とは違う音色を聞き、刺激し合うことでテクニックは磨かれていく。
フルートの子ども達にも1年ほど前からグループレッスンをやっと始めた。同じ様な年齢の子どもが友達になり家を行き来し、フルートを遊び道具として先生のいないところで楽しんでいる。個人レッスンだけをやっている時代から比べるとこの子達も随分上手になったものだと思う。経験的に日本の子どもに比べてあきらかに集中時間が短い上、不器用と思われるアメリカの子どもの上達は遅々としてなかなか進まなのが常だが、だからこそグループで楽しく練習することの大切さをつくづく感じている。
「量が質を変える」という言葉がある。これは本当だ。グループの人数(量)が個人の技量(質)を変えるのである。個人の技量が伸びるとグループの質も変わり、相乗効果で伸びていくことが出来る。
個人に限ってもその事は適応する。ある目的を持ってしつこく練習したら、必ず質的に向上する時が来る。「よくわからないけど、闇雲に練習」すると必ず報われる日が来る。その為には効果が見えなくても繰り返し練習する持続力と、正しい方向に向かっているのかを時々チェックしてくれる指導者が必要だ。間違ったことを真面目に繰り返し練習すると、その方向に質が変わってしまってとんでもない結果を生むことがある。
どんなに練習しても全然ゴルフが上手くならないと嘆いている皆様。練習方法が正しければ必ず上手になる日が来ます。「量が質を変える」を呪文のように唱えて短いゴルフシーズン、精進して下さい。合掌。
今回のお勧めの一曲
フォーレ 「レクイエム」作品48
Gabriel Faure ・/span>Requiem・op. 48
Good Fridayに近所の教会へ出掛けた。フォーレのレクイエムを聴きに行く為に。独唱者がそれぞれ上手で、曲の持つ普遍的な良さに感動した。クラッシック音楽とキリスト教は切っても切り離せない。フォーレも教会のオルガン奏者として生計を立てていた。そもそも彼の父親が校長を務める学校に付属した教会で即興演奏をして遊んでいたところ、たまたまお祈りに来た盲目の老婦人がその才能を認め音楽教育を受けさせるよう進めたというエピソードが残っているくらい、教会とは深い関わりがある。土曜日に踊り明かして翌日の礼拝にそのままの格好でオルガンを弾きクビになるなどというエピソードも同時に残されてはいるが・#12290;
普通レクイエムというとローマ・カトリック教会の「死者の為のミサ曲」を指し、代表的なものは「グレゴリア聖歌」があげられる。20世紀を代表するフランスの作曲家フォーレの「レクイエム」は7楽章からなり、1887年に作曲されている。個人的には天使の歌のように美しい4楽章の「Pie
Jesu」から、全てが許されるような5楽章「Agnus Dei」が大変好きで、私が死んだらこの曲を演奏して貰いたい。